はじめに

私が今まで試行錯誤を繰り返す中で見つけ出した英語学習法をここにまとめたいと思います。 突飛な学習法を唱える 人や、変な学習教材を買 う人、また「アメリカへ行けば英語は話せるようになる」などと言い張る人がいますが、一番の近道は良い本を使い基礎的なことをきちんと学習することです。
ここでは私の英語学習履歴、英語に関する皆さんの疑問に対する回答、効率的な学習方法をご紹介します。 英語で仕事をしたい、勉強を したい、という方の参考にしていただければ幸いです。 皆さんのコメント、質問なども歓迎です。

2011年7月22日金曜日

話す量の違い

Low context cultureとhigh context cultureという言葉があります。 日本のように民族の均一性が高く、また歴史的にほかの民族との接触が低い民族はhigh contextになる傾向があります。逆にアメリカのように多くの民族が共存している国、またドイツのようにほかの民族と常に国境で接していて、日常的にかかかわりあっている国はlow contextになる傾向があります。

日本語は文法構造が柔軟であり、主語と目的語を略しても文章として成り立ちます。これは便利である反面日本語をわかりにくくしている原因の一つでもあります。聞き手側はこの文章の主語は何であるか、また、話が少し飛んでいる場合は何が抜けているのかを考えながら聞かなければなりません。聞き手に非常に大きな負担のかかる言語です。 ただ、話し手は言いたいことを好きなように言っていれば相手が理解しようと努めてくれるため楽な言語です。  特に話し手側の立場が上の場合、わからないことを質問するととてもいやな顔をされることが多く、授業や講演のあとの質問タイムはしーんとなることが多くなります。


それに対して英語は文章構造に日本語よりはきっちりとした型があります。主語を抜かせば命令文になってしまうので主語を抜かすことはできません。語の順番を間違えれば疑問文になってしまったり、意味は通じてもへんてこな文章になります。 また、話が飛ばないようにきちんと筋の通る話を話し手はしなければなりませんし、相手がどれくらいの知識を持っているか、自分の話を理解しているかどうか気にかけながら言葉を選んで説明します。 話し手側に負担のかかる言語であり聞き手側の負担の少ない言語です。 ほかの項でもお話しましたが、相手との共通理解を作り上げるプロセスを重視するため、例えば授業や講演などではところどころで質問を受け付けたりしてそこから対話を発展させるような形式をとる場合が多くなります。 どんな質問をしてもあまりいやな顔をされることはありませんし、逆に何も質問が無いと相手の理解度が理解できないため困惑されることがあります。 聞き手側としては率直、適切な質問、コメントをすると会話をスムーズに運ぶことができます。

ではどれくらい話す量が違うのか。以下のリンクの写真程度です。
http://www.kids-abroad.net/000120.html
写真は小学校六年生の教科書のようですが、大学用の教科書はもっと大きいです。
つまりいつもの3倍くらいの量を話さないと英語は通じないのです。

なぜ日本人にとって英語が難しいのかという理由はとてもたくさんありますが、これは日本人が気づいてさえいない大きな理由の一つだと私は考えています。

◎余談1
一度日本の某自動車メーカーの技術者が会議で私の会社にこられたとき通訳として呼び出されたことがあります。普段私がかかわっていない製品についてのお話でしたが、ドイツ人の話している英語はすべて完璧に日本語に訳すことができました。 問題は逆です。日本人技術者の日本語での質問でしたが、基本的に主語は省略、目的語もほとんど省略、文法はでたらめ、言葉を並べているだけです。私は日本語を理解することができませんでした。 わからない部分について質問をしても何がわからないのかわからないらしく、答えが返ってきません。結局日本語ー>英語の通訳は半分もこなせませんでした。 後々日本にいる方に聞いてみると日本の自動車業界では基本の話し方のようです。 たぶん彼らが英語を完璧にマスターしたところでコミュニケーションは成立しないかと思います。時折TOEIC900点で英語が話せない、というお話をお聞きすることがありますが、問題はこのあたりかもしれません。

◎余談2
英語圏の教科書はとてもわかりやすいです。全部書いてあるからです。 日本では1ページ理解するのに多くの時間を割いた気がしますが、カナダでは5ページさらりと読めば理解できるようになっています。 私は個人的には日本の大学入試の英語にTOEFLを導入し、理系全般および社会科学系の授業はすべて英語の教科書を使えばよいと思っています。 これによって多くの問題が解決します。 まず高校生がみなTOEFL対策をしなければいけないので大学受験の英語対策がより実用的になります。また、教科書のおかげで学習が楽になるため大学生の無駄な学習時間が削減されます。さらに言えば将来英語が必要になる可能性の高い人たちの英語をピンポイントで改善できるため日本人が英語ができないという事情を一気に改善することができます。 これによって日本人の理不尽なコミュニケーションパターンも少しは改善するかもしれません。

◎余談3
日本人はあまりつじつまの合わない話を平気でしますが、欧米人にいい加減な話をするとたいてい「こいつはいい加減なことを言う」か「数学ができないのかこいつは」「あまり頭が良くないのか」と思ってしまいます。 あるカナダ人が「○○(日本人)がこんなことを言っていた。あいつはカナダの大学に入学するつもりらしいがあんなやつ絶対数学の単位取れないぞ」「いや、彼は絶対Aとるよ。高専2年でとった数学をもう一回とって取れないわけがない。」「カナダの大学のほうが簡単って事??」「何回同じこと言ったらわかるんだよ」 やっとカナダの大学のレベルの低さをカナダ人にご理解いただけたようでした。  

◎余談4
教科書の写真を見てわかるとおり、学校で習う内容が日本と米国でこれだけ違います。欧米人が話すと正確な情報が大量に出てくる理由はこの辺りにあります。日本は詰め込み教育は良くないとか何とか言っていますが、詰め込み方が足りていない気がします。 問題は不毛な試験対策に追われていること、詰め込む情報の質、また、大学進学率の異常な高さ(学生のいろんな意味での平均値の低下)だと私は考えています。 ちなみに米国の大学ではディスカッションばかりしていると思っている方がいますがそれは社会科学系の高学年だけです。理系も文系も2年生か3年生くらいまでは分厚い教科書を使って基礎的概念の理解を繰り返すだけです。 日本では私の某親戚は漫画以外の本を読まない(読めない?)のですが、なぜか大学に入って卒業しました。 日本ではこのような人にまで大学レベルの教育を施すための施設を作って運営しています。 ここに注がれる予算や人材をもうちょっとほかのところに使えないかなと思います。ちなみにカナダや米国ではこのような方々は最初から大学に進学しない、あるいは進学したところで単位をとれずにさっさとあきらめてやめていくかのどちらかです。 これは結果平等と機会平等の違いです。 日本も後者を尊重する社会になってほしいと私は願っています。

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